2026年1月、やりたいことを100個書き出してみた話

2026年1月。今年もやりたいことを100個書き出すことにしました。この取り組みも3年目に入りました。
これまでにできたこともあれば、やりたいと思いながら、手をつけられなかったこともあります。

100個を書き出してみる中で、「できなかった自分」を責めるというより、
なぜ後回しになっていたのか、どんなところで立ち止まっていたのか。そんなことを、静かに振り返る時間になりました。

やり残したことがあるからこそ、今の自分のペースや、大切にしたい優先順位が見えてきた気がします。
反省というより、次にどう進みたいかを考えるための整理。それが、3年目に入った今の正直な気持ちです。

目次

なぜ、やりたいことを100個書き出してみようと思ったのか

最近、やりたいことはたくさん思い浮かぶ反面、「やりたいな」と思ったまま、日々の忙しさに紛れて忘れてしまうことが増えていました。

そこで、一度立ち止まって、自分は何をしたいのかをゆっくり考える時間を持ってみようと思い、やりたいことを書き出してみることにしました。

書き出しておくと、それをときどき見返すだけで、「あ、これやりたいと思っていたんだ」と気持ちを思い出すことができます。改めて、書き出すことの大切さを感じています。

特に、長期的に取り組みたいことや、これから新しく始めたいこと。そして、桜や紅葉などの季節限定の楽しみは、気づくと時期を逃してしまいがちです。

前もってリストにしておくことで、「そろそろかな」と意識でき、計画を立てられたことは、100個書き出しの大きな成果だったかもしれません。

やりたいことリストがくれた、心の余白

やりたいことを100個書き出してみて、一番大きく変わったのは、「気持ちの余白」だったように思います。

書き出す前は、やりたいことが頭の中に散らばっていて、「いつかやらなきゃ」「そのうち考えよう」そんな思いが、どこかに引っかかっていました。

でも、一度紙に書き出してしまうと、今すぐ動かなくてもいい。忘れてしまう心配もしなくていい。そう思えるようになりました。

やりたいことは、今すぐ全部叶えなくてもいい。できるときに、できるものから。そう考えられるようになったことで、不思議と気持ちが楽になりました。

また、リストを見返してみると、「これ、もうやっているな」と思えることもいくつか見つかりました。

何かが足りないから書き出したのではなく、すでにあるものに気づくための時間だった。そんなふうにも感じています。

やりたいことリストは、自分を追い立てるものではなく、今の自分を肯定するためのもの。それが、今回いちばんの収穫でした。

できたことを振り返って

京都でアフタヌーンティを楽しむ

昨年を振り返ってみると、「これはできたな」と思えることが、いくつもありました。

友人たちと、季節ごとに美しいものに触れる時間を持てたこと。
桜の頃や紅葉の季節に出かけたり、ランチやカフェ、アフタヌーンティを楽しんだり。
特別な旅でなくても、その時期ならではの景色や空気を味わえたことは、とても大切な思い出です。

中でも、京都の紅葉を見に行けたことは、印象に残っています。「行きたい」と思っていた場所に、
実際に足を運べたことは、自分の中でひとつの達成感につながりました。

また、動画アプリや画像アプリを使いながらSNSでの発信を続けてきたことで、フォロワーが増えたことも、大きな自信になりました。

数字そのものよりも、楽しみながら続けてきたことが、少しずつ形になったと感じられたことが、うれしかったのだと思います。

振り返ってみると、「楽しむこと」と「発信すること」。インプットとアウトプットのバランスがうまく取れていた一年だったのかもしれません。

それも、やりたいことを言葉にして、目標として意識していたからこそ。そう思えること自体が、この振り返りの大きな収穫でした。

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できなかったことを振り返って

できなかったことのひとつは、物の整理でした。

私は、どちらかというと物は極力少ないほうが好みです。その背景には、結婚して間もない頃に経験した阪神・淡路大震災があります。

お祝いでいただいた素敵なお皿やティーカップが、ほとんど割れてしまいました。その出来事をきっかけに、食器は特別なものを増やさず、シンプルなものを使い回すようになりました。

一方で、なかなか手をつけられていないのが和服です。嫁入り前に、母が揃えてくれた着物。一度も袖を通さないまま、和ダンスに入っています。

本当は、これらを整理して、和ダンスも改造し、収納スペースとして使いたいと毎年思っています。けれど、考えているだけで時間が過ぎ、結局そのままになっています。

浴衣や反物は、メルカリやヤフオク!で手放すことができたものもありますが、まだまだ残っているのが現実です。

これから先、使う予定のないものだとわかっているからこそ、体力のあるうちに向き合わなければ、という気持ちはあります。

ただ、思い出や、母の気持ちが重なっているものほど、簡単には決断できません。

「できなかった」という事実も含めて、今の自分の状況なのだと受け止めながら、タイミングを見て、少しずつ向き合っていけたらと思っています。

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体の変化を感じて、向き合い方を考え始めるこれからの目標

京都の紅葉

昨年一年を振り返ると、これまで感じたことのなかった足の付け根の痛みや、肩こりを感じることが増えました。

あるとき、母から言われていた「50代、60代と年齢の切り替わりのときに、急に衰えを感じるものよ」という言葉を、ふと思い出しました。

あの頃は、どこか他人事のように聞いていましたが、今になって、その意味が少しわかった気がします。

無理をすれば以前のように動けるけれど、そのあとに残る疲れや痛み。「今まで通り」ではいかない場面が、確実に増えてきました。

だからこそ、これからは体を鍛えるだけでなく、きちんとメンテナンスしながら付き合っていくことが必要なのだと、強く思うようになりました。

衰えを否定するのではなく、今の体を知り、いたわりながら使っていく。それもまた、これからの自分にとって大切な「つみあげ」なのかもしれません。

体の変化を感じるようになってからは、
歩き方や体の使い方も意識するようになりました。
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