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高齢の親の火の始末が心配になった話|石油ストーブをやめるまで

鍋の木の持ち手が焦げて、焼け落ちてしまっていたり、台所に丸焦げになったかぼちゃが残っていたり。最初は「たまたまかな」と思っていましたが、少しずつ、火の回りのことが気になるようになりました。

私たちは関東、主人の両親は関西。頻繁に様子を見に行ける距離ではありません。だからこそ、「もし留守のときに何かあったら」そんな不安が、頭から離れなくなっていきました。

特に心配だったのが、冬の暖房と火の扱い。石油ストーブを使い続ける両親を見て、このままでいいのだろうかと悩む日々が始まりました。

目次

火の回りが心配になり始めたきっかけ

最初に違和感を覚えたのは、台所で見かけた小さな異変でした。

鍋の持ち手が焦げていたり、料理が途中で黒くなっていたり。一つひとつは大事に至っていませんでしたが、「以前なら、こんなことはなかったのに」と感じる場面が増えていきました。

父は腰が悪く、歩き方はすり足気味。母も年齢とともに動きがゆっくりになっています。火を使う環境が、この体の状態に合っているのか。そう考えるようになりました。

石油ストーブをやめてもらうまでにかかった4年

一番の悩みは、冬の石油ストーブでした。「石油ストーブのほうがあたたかい」「やかんを置いておけば、いつでもお湯が使える」

両親には両親なりの理由があり、エアコンを勧めても、なかなか使ってくれませんでした。老人の火災のニュースを見るたびに不安は募りましたが、いくら言葉で説明しても、気持ちは動きません。

結果的に、石油ストーブをやめてもらうまでに、4年という年数がかかりました。一度で解決することはなく、少しずつ、少しずつの積み重ねでした。

暖房と台所を少しずつ「火の少ない環境」へ

最終的に私たちが取った方法は、「危ないからやめて」と言うことではなく、別の選択肢を体感してもらうことでした。

  • お湯はケトル式で沸かせるようにする
  • 台所には、すぐに暖まるカーボン式の電気ストーブ
  • 居間はエアコンで暖まる体験をしてもらう

実際に使ってみることで、「意外と寒くない」「これでも十分あたたかい」と感じてもらえるようになりました。

そして、石油ストーブと灯油缶は私たちが神奈川に持ち帰り、処分しました。石油ストーブは比較的新しいものだったので、ジモティーで譲りました。

ガスコンロからIHへ切り替えたときの工夫と失敗

火の不安を減らすため、キッチンはガスコンロからIHへ変更しました。ただ、IHはボタンが多く、高齢の親にとっては少しハードルが高めです。

そこで、

  • 使うコンロは1つに限定(2つ口+グリルコンロでした)
  • 操作するボタンに順番の番号シールを貼る

という工夫をしました。鍋もIH対応のものに入れ替え、古い鍋はまとめて持ち帰りました。

唯一の失敗は、IH非対応の土鍋を置いてきてしまったこと。後日、土鍋が使えず、「壊れた」と電気店に連絡を入れていたと聞き、こちらの想定が甘かったと反省しました。

完璧を目指さず、今できる形を選ぶ

この対応によって、料理の幅が以前より狭くなったようにも感じています。

「もっと自由に料理をさせてあげたほうがよかったのではないか」そんな気持ちがよぎることもあり、正直、申し訳なさを感じることもあります。

けれど、認知症の症状もあり、火の扱いについては、どうしてもリスクを考えずにはいられませんでした。

この家は住宅地にあり、もし火事になれば、本人たちだけでなく、近隣のお宅にまで被害が及ぶ可能性があります。

そう考えると、「料理の自由」と「安全」を天秤にかけたとき、今の私たちにとっては、安全を優先する選択が必要でした。

完璧な形ではないけれど、今できる範囲で、できるだけ安心して今あるお家での暮らせる形を選ぶ。それが、今の私たちなりの答えかもしれません。

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